「哲学のない時代は不幸だが、哲学を必要とする時代はもっと不幸だ」――哲学者・國分功一郎インタビュー #2

「哲学のない時代は不幸だが、哲学を必要とする時代はもっと不幸だ」――哲学者・國分功一郎インタビュー #2 | 文春オンライン


あとでゆっくり最後まで読もう。


政治では真理を扱ってはいけないか。
意見に対する批判に対して、誠実に吟味し答えれば、意見を練り上げることができるのにね。
意見として法律として明らかに不審でおかしいから、その点を指摘しているのに(法律を批判・吟味して、おかしな法律が出てくるの防ぐための憲法ですよ)、
私は絶対に正しい!○○党は国民を騙しているとしてしまう。


この心の狭さ、不誠実さはやばい。どうやって信用しろというのよ。


そもそも憲法学者の方が、政府の嘘を許すのか許さないのかが論点なら明らかだろうと言われていたけれど、その通りです(法案を吟味する以前のレベルです)。あんなの許せないですよ。どうやって信用しろというのよ。あの人たちが国民の代表ですよ。



私たち国民に批判精神が育たない限り(自分ももちろん入る)、政治家の質は良くならないだろうと私は思います。



調べれば調べるほど、その行為を意味の認識が深まれば深まるほど、邪悪さを知ってしまう悲しさ。




國分さんのインタビューまじでよかった。
政治家の言動にもの凄く悲しい気持ちになったけれど、学は光だ。希望はある。



政治は意見のみを扱うべきですね。政治の領域では、意見を真理にした瞬間に貧しくなってしまう(意見は根拠に支えられているわけだけど、根拠=真理ではない。根拠は嘘かもしれない。そして政治家はよく誤魔化します。政治家は隠します。政治家は削除します。何を隠し、削除するのか。その行為の意味を考えると、見えてくるものがあります)。