レッジョ・エミリアのカルラ・リナルディは、子どもにとってどのような意味があるのかというを大切にしているようでした。なすことによって学ぶという経験の質を重要視するデューイ教育学を継承しつつ、独自の発展を遂げています。その教育は、複雑な要素が関係しあって、生じるものだけど、主な要因は特定できそう。あのイタリアの歴史、文化であったり、アトリエリスタの制度であったり、複数担任制であったり、構成主義的な知識観であったり、子どもたちのは有能であるという子ども観であったり・・・。

パタン・ランゲージとも、経験から出発せよという牧口の教育哲学とも共鳴することを考えて、すごい人たちは、奥底で通じ合うのだと思いました。