このデューイの考え、とても面白い(『人類共通の信仰』。特定の宗教がどこからくるのか。その源泉はデューイによれば「経験の『宗教的性質」。

原典を読まないと「経験の『宗教的性質』」の正確な意味はわからないけれど、その意味を予想すると、人間が共通して大いなる自然(宇宙)に対して抱く畏敬の念みたいなものなどのことだと思う。

これについてカントが「新たな感嘆と畏敬の念をもって我々の心を満たし続ける二つのものがある。それは、我が上なる星空と、我が内なる道徳律である。」という美しい言葉を残している。

この人間の共通する経験の感じ方に着目するところは、アレグザンダーとも似ています(『ザネイチャーオブオーダー』)。この点は、ヘルバルトや牧口常三郎ともつながる。

一つの宗教を深く学ぶとその宗教が何を意味しているのか言葉(宗教は言語で構成されている)の奥にあるものを人は掴むのだと思う。それは言葉から、身体的な世界そのものへとまた戻っていく(よりよく自分の人生を生きていくという)フェーズなのだと思います。

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ジョン デューイ『人類共通の信仰』晃洋書房
①宗教の源泉はどこに存在するのか。デューイによれば、経験の「宗教的性質」に存在するという。個々の制度宗教の伝承にのみ準拠するというのが伝統的な解釈であったが、宗教(制)は、時として、人間の宗教(性)を歪めてしまうこともある。
ジョン デューイ『人類共通の信仰』晃洋書房
②だとすれば、歴史性をふまえたうえで、人類に共通する宗教「性」を重視するデューイの眼差しは、宗教間抗争におけるドグマティズムを撃つ示唆となろう。
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