あくまで統計、確率は、人間が作った傾向を表す概念だけど、そこからやはり因果(影響関係)が現実に確実にあるという常識な推論に落ち着く。こうなったら確実にああなるみたいなことはなかなか言えないというか、確率的に振る舞う部分が自然にある限り原理的には言えないのだと思うけど、人は確率に影響を与えることができるということは確実に言えそうです。
 
ブッダの論理学から考えても真理はありますね。昔からある真理観ですが、ある命題が正しいなら真です。AがあるからBが起きる。AがなければBは起きない。正しければ、それらの命題は真であり真理であるということになります。その命題が誰が実験しても、試しても同じ結果になれば、それは真理であると人々に承認されることになります。
 
デカルトの言葉を思い出します。
「わたしの格率は、運命よりむしろ自分に打ち克つように、世界の秩序よりも自分の欲望を変えるように、つねに努めることだった。そして、一般に、完全にわれわれの力の範囲にあるものはわれわれの思想しかないと信じるように自分を習慣づけることだった。したがって、われわれの外にあるものについては、最善を尽くしたのちに成功しないものはすべて、われわれにとって絶対的に不可能ということになる。そして、わたしの手に入らないものを未来にいっさいに望まず、そうして自分を満足させるにはこの格率だけで十分に思えた。」38項、方法序説-岩波文庫-デカルト