爆睡だった。今日も一日、丹念に生きよう。

 

コンビニのレジで商品と数を複数うち間違えていて指摘すると、さらに修正する時も間違えを重ねて、一言もなく酷い態度の接客だったので、私の指摘がなければお金を多く取っていたかもしれないし、ただお金を返金すればいいというわけではないですよ、一言必要だと思いますよ、少し怒ってしまった。ちょっと大人気なかったかもしれない。普段も酷い接客だったけど、どんな仕事でもああいう姿勢の取り組みだったら、どこでも通用しませんよ。少しハッとしている感じだったし、よかったかな、多分。

 

自分は客だから上というのは一切思っていないですし、偉い態度とる客は嫌いだけど、不誠実な連中は嫌いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人一般についてのだいぶ前からの持論です。スピノザの哲学でもありますけど、力をつけていくことは自由になっていくことで喜びです。なので、知は力であり、本来何か知っていくこと自体が喜びなのです。落ち着くかどうかわからないけど、この学校なら力がつく、この教師の元なら力を安心して伸ばしていける。そういう場所なら生徒たちは基本的にひどく荒れないと思います。
いじめも少なくなると思います。希望のある、力を伸ばしている感覚、喜びの感覚に溢れている若者が他者を傷つける暇なんてないからです。
自分がどれだけできているかは正直自信はないのですが、自分の教育設計、関わりは、子どもたちにとってどういう意味があるのか、子どもたちの力を伸ばしていくことにどのようにつながっているのか、そういうことはデフォルトの問いとして自分の中に常にあります。

 

 

パタンを記述することは視点を得ること。

そのまま日々の仕事を考えること、実践していくことにつながっていく。

ウィトゲンシュタインの本を借りに行った時に居酒屋で飲んでしまった。金曜日。
 
子どもたち中心の算数の学習の中に、ワークショップと自由進度のものがあるけれど、それぞれだいぶ違う感じ(自分のイメージのこと。でも実際には見たことないのか。いや教科書の授業でワークショップは見たことがある。自分の授業の中は、一部、ワークショップになっていて、一部、自由進度でやっているし、練り上げの場面もあったり様々。全部、自由進度とか、全部練り上げですとか、全部ワークショップでやっていない今。それで課題がないわけでもない。)。思い出すのは、というかアトウェルについて学んでいた時にその学校や関連の算数の授業の本を読んでいたイメージしかないんだけども。
物事はトレードオフになっていて、その中で自分はどうしていくのか。
世の中にはただ概念は構成するんだとか(構成主義)、ドリル(練習)はいらないとか、日本の練り上げとかあるけど、そんな単純ではないということだけは言えるかな。
そういえば練り上げという言葉が自分が最近行った公の算数の研究の場でなかったなあ。あれも一時の流行りだったのか。練り上げなんて呼び方をしなくても、そのようなことをしているのは他の教科でも、状況に応じていくらでもあるのだ。何が「日本の練り上げ」だよと思ったところでスイッチが入るのでやめる。
毎回の授業にそれなりの計画があって、即興もある。即興的なデザインもある。
即興的なデザインというのは、計画を授業の真っ只中で修正するということ。そういうことは誰でもやっているか。計画どおりにやることが目的ではないから。
 
 
 
 
キエラン・イーガンの想像力の教育学に「謎・驚きの感覚」というものがある。買わなかったけどゲームデザインの本にもデザインの視点としてあった(なぜ買わなかったかというと、その本から教育に応用できそうなパタンは、どれも教育書で見たことがあるようなものばかりだったから)。プレイヤーは、その体験(授業)のどこで謎・驚きを感じるだろうかと。例えば「認知的コンフリクト(ユーリア・エンゲスローム)」があると謎や驚きが生まれる。
 
毎回の授業に謎や驚きがあるというのは難しいのかもしれない。謎や驚きがない教育体験ばかりだったら、子どもたちの感情は干からびてしまうかもしれない。
 
パタンを少しずつでも記述していくとパタン同士の関連を自然と考えるようになる。
 
 
結局、いろいろな教育書を読んだり実践したり、他の方の授業を見せてもらったりしてきたしたけど、生かし切れてはいない。自分がやったことすら忘れていますしw
 
地に足をつけて少しでもより生かせるようになる道がパタン・ランゲージを自分の中に構成するという道なんだと思う。
 
理論とかモデルとか色々な言葉があって区別すること(例えば「パタン」は「視点」になるが、「視点」がそののまま「パタン」になることはないので、「視点」は「パタン」よりも広い概念だろうとか。そうだな、パタンを構成すれば視点を得られるって、これ自分が前に書いたことだ、考えたことだ)も大切かもしれないですが、具体と抽象を行き来きする中でより良いものを目指していきたい(幾らかでもマシな関わりができるようになりたい)。

8時半くらいに寝て、4時半おき。しっかり寝れている。

今日は週末だけど、そういうかんじで明日を迎えられると、週末に色々できそう。

 

 

昨日も20時くらい眠たくなって、20時半くらいに就寝。四時半起きくらい。

 

教材研究足りない。でも教材研究する範囲広すぎて、無理ゲーだとは思う。

しかし、それぞれのテーマで、ある程度はしていないと話にならない。