Kさん

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日蓮は、釈尊は、完璧です、みたいな「宗祖無謬論」は、息苦しい。その発言に間違いはなく、したがって、発言の訂正もない、とかね。そんな理想的な仏さんに、ふつう、人は、へだたりを感じるか、すがろうとする。そうして、仏になろうという思いは、縮減する。
えてして、理想すぎる教えや人物は、現実との折り合いを想像させないので、画餅になりやすい。現実との絶妙な距離感のなかで、仏は、教えは、秘妙方便として描かれるべきだ。中古天台の本覚思想が堕落したのは、教えが「理想」すぎたから。
たとえば、釈尊は、身内をどんどん出家させて、父・スッドーダナを嘆かせたけれど、その嘆きがあまりにも激烈で、父の忠言が胸にささり、のちに、父母の許しがなければ子を出家させてはならない、というルールをもうけた。日蓮は、はじめ、慈覚大師円仁をほめたたえていたのに、のちに、めちゃくちゃ批判しだした。
考えは変わるのである、彼らとて。

どんな人でも時代に制約されているし、間違えることもある。考えも変わる。


Kさん

プロセスに思いいたれる人になりたい。たとえば、贈り物をいただいたときに、店に足を運んで、プレゼントを選び、梱包し、郵便に運ぶ相手のプロセスと真心を想像し、感謝できるような。プロセスと真心を思うと、涙があふれる、そんな感受性を覚醒したい。
日蓮が、ほとんどの手紙の冒頭で、供養の品々の名前を書きつらねるのも、その供養がなされるまでのプロセスに、感謝の情がわくからだろう。鎌倉時代日蓮の弟子たちは、それこそ命がけで、遠路はるばる、供養の品を運んだ。なんと、ありがたいことか。
見田宗介は、これからの日本人の幸福度は、「感受性の解放」によって高められる、と言った。まったく、そのとおりだと思う。
日蓮は・なかねども・なみだひまなし」

前にも思ったけれど、感謝できるって想像的で知的だと思う。こういう物事の背景、プロセスに思いを馳せることができるってとても知的なことだと思う。学問ってこういう力を本来養えるものだと思う。


Kさん

日興や五老僧の文献を読めば読むほど、日蓮が「日興を唯受一人と定め、日興に相承した」という話が、デタラメだったということがわかる。日蓮は、むしろ、六老僧に順位をつけなかった。日興をリーダーともしなかったし、日興を特別扱いしなかった。

僕は日興の書いたものをしか目を通してないけれど、もしこうだとしたら、正宗は砂上の楼閣になる。唯一の血脈とか正直、自分はどうでもいいのだけど、それを嘘の上に主張しているとしたら、本当に空しいことです。五老僧についての文献も読んでみたい。僕は歴史学がやはり好き。


Kさん

われわれが手にする御書は、すべて書きくだし文になっているけれど、原典は漢文のものも多い。日蓮は、漢文とかなまじり、両方を使いわけていた。基本、大事なことは、かなまじりで、厳密な議論は、漢文で、といった具合に、である。鎌倉時代に使われていたことばは、緻密な話題に耐えられるほど、完成してはいなかった。なので、そういうことを論じる際、日蓮は漢文を使ったのだと思う。
一番大事な「開目抄」は、かなまじりである。同抄は、思索の過程をそのまま文章にしたような書き方がなされていて、このことから、日蓮が、かなまじりのことばで、思考をめぐらしていたことがわかる。日蓮は、漢文、しかも和製の漢文ではなく、中国の漢文が使えたけれど、思索をするときは、土着の、たぶん関東なまりのことばで、考えていたのだと思う。
こういうところからも、日蓮の息づかいが感じられる場合がある。

こういうつっこんだ読み方はステキだなって思う。