ブルデューとか苅谷さんの文化資本、意欲格差といった話はよくわかります。


本好きな両親とかいろいろな原因で子どもたちは本が好きになろうけれど、
学校の以外の環境の要因は大きいと思う。そこで学校が果たす役割も大きい。


知識の量などで勝つことが人生の目的ではないけれど、
高校一年生くらいから読書が軌道にのってくるくらいだと、
やはり大学に行ったときに、本当に学び抜いている人たちがいて、
たぶんスポーツの世界と同じなんだろうと思ったけれど、もうこれから追い付けるような差ではないなと思いました。スポーツの世界と同じとんでもない選手と自分を比較して考えてしまうみたいな感じかな。とにかく練習(工夫)しかないんだろうけれど(あと+考えること、工夫)。


人に勝つ必要なんてないんだろうけれど(社会の仕組みの理由以外で)
でも、学びに目覚めるのが遅いと、ああもっとはやくって思っちゃいますね。違う未来があったろうにって。派生して、いろいろな若者の不幸のことも考えちゃいますね。