絶対評価 相対評価

文科省の定義

「目標に準拠した評価」(いわゆる絶対評価)は、学習指導要領に示す目標がどの程度実現したか、その実現状況を見る評価のことを指します。

もともと理解していたことの確認。
絶対評価で、
学習指導要領の示す目標を3段階評価する場合、
仮に学級の全員が最高段階の基準を達成したとすると、
全員がその最高段階の評価になる。




「集団に準拠した評価」(いわゆる「相対評価」)は、学年や学級などの集団においてどのような位置にあるかを見る評価のことを指します。

文科省相対評価の定義。


僕はたしかギリギリ少なくとも中学校卒業まで相対評価の時代でした。中学を卒業して、たしか絶対評価に移行していって、何だろうと思って調べた記憶がある。相対評価ってイヤな評価法だと10代の時に思いました。内申点が高校受験で大きな意味をもってくるのですが、中学の5段階評価で各段階の人数が学年で決まっているので、例えば比較的優秀な公立の中学校だと高い段階の評価を得ることが難しくなる。その学校の子たちができればできるほど、高い段階の評価を得ることが難しくなります。それよりは明確な評価基準、目標に準拠した評価で学ぶほうが、公平で、何ができればよいのか明確で学びやすいと僕は思いました。


相対評価って、その集団の中ですごく競走をさせられる。そんな側面もある。


僕は高校生だか大学生の時に、絶対評価のほうがよかった、イヤな評価法(相対評価)の時代に中学校生活したんだなあと思った記憶が昨日、評価法について考えている時に蘇りました。



相対評価(そうたいひょうか)は、評価のうち、複数の被験者、試料の間で相対的に行うもの。
以下では、教育分野での相対評価について詳述する。
生徒の成績が学習集団全体のどのあたりの位置にあるかで評価しようとするものである。2000年ごろまで(2002年のゆとり教育から絶対評価が導入された)、日本の多くの学校ではこれを標準として評定を行っていた。
相対評価の考え方は「集団の絶対数が多くなればなるほど、その成績の分布はおよそ正規分布に近づく」という統計学の理論を基本としている。教師は成績資料を精査した後、生徒を成績順に並べ、5段階評定の場合、5…7%、4…24%、3…38%、2…24%、1…7%が目安とした、一定の割合で評定をつける。したがって、必ず評定5の生徒、1の生徒が存在する。 しかし、実際の学力試験ではその成績分布が正規分布にならないことが多いことはよく知られており、上記の基本的な考え方は実態にそぐわない面がある。
相対評価による評価方法は、教師が極端に偏った評定(例えば全ての生徒が5)をつけることを排除する一方、成績上位者、すなわち5を取る生徒が固定化するような側面もある。 よって、成績上位者がいなくなれば自分が相対的に上位になる、というような発想が生まれ、自分が努力するのでなく、他人を蹴落としたり、足を引っ張ったりすることで上位になろうとする風潮も生み出したといわれる。また、絶対評価と違い点数による明確な基準が無いことから評定ボーダーライン上の生徒たちの優劣は教科担当の教師が決定権を持つためさまざまな問題もおきた。
また、クラスや学年の学業レベルにより、同じ学力を持っていても相対位置が異なれば評定が異なってくるため、「前の学校では5だった生徒が、転校した学校では3になる」とか、その逆の現象も起こりうる。このような現象は「簡単に5が取れる学校」とか「レベルの高い学校」などと様々な解釈を生み出したり、学校間格差につながったり、学校選択制を導入する市区町村では、判断基準の1つにされることもあった。

wikiより

高校生のときも相対評価だったのか。
自分が思っていた問題点と同じようなことが書いてある。やっぱりいやーな評価法だと思う。




絶対評価
絶対評価(ぜったいひょうか)は、評価のうち、特定の基準に基づいて絶対的に評価する方法。
以下では、教育分野での絶対評価について詳述する。
目次 [非表示]
1 概要
2 到達度評価
3 認定評価
4 関連項目
5 外部リンク
概要[編集]
絶対評価は生徒の成績を評価するにあたって、他の生徒の成績を考慮に入れず、生徒本人の成績そのもので評価しようとするものである。
絶対評価には、到達度評価と認定評価のふたつがある。
到達度評価[編集]
詳細は「到達度評価」を参照
到達度評価は(目標に準拠した評価ともいう)、予め設定した到達するべき目標に対して、どこまで到達できたかで評価する。日本の公立学校においては、2000年ごろからこの方法による観点別学習状況評価が一般的になった(正式実施は2002年度から)。
到達度評価をするにあたって設定した到達目標(=観点・内容)を評価規準といい、到達目標に対してどの程度到達できたかを判断する指標(=目安)を評価基準という。どちらも「ひょうかきじゅん」と読むが、意味は明確に異なるので注意が必要である。言葉を区別するために、規準を「のりじゅん」、基準を「もとじゅん」と読むことがある。
例えば「鉄棒の練習」を評価する場合、
逆上がりができるようになる
が評価規準、
補助板を使わずに逆上がりができた
補助板を使って逆上がりができた
補助板を使っても逆上がりができなかった
が評価基準である。
評価規準や評価基準を明確にすることで、評価方法が明確になり、また生徒に評価を返す際にも、生徒自身で自分がどこまで達成できているのかを確認することができるという利点がある。一方で、評価規準や評価基準の設定や判断は教師によるところが大きい。異なる2人の教師が同じ学習場面で同様の指導することを想定した場合、一方は全員が達成できることをねらった評価規準を設定し全員が達成できた、もう一方は7割程度の生徒が達成できるような評価規準を設定し、およそ半分の生徒が達成できなかった、というような状況は十分起こりうる。そのため教師には、評価規準・評価基準の設定方法や、評価の精度についての研修が求められている。
こうした複雑とも言える到達度評価についての詳細は、2006年の「誰も教えてくれない教育のホントがよくわかる本」ISBN 4286009548 で一般人向けにわかりやすい説明で取りあげられている。
また、評価規準や評価基準による評価が偏って分布することを避けようとする意図のもとに、評価規準や評価基準を設定するのでは、相対評価と何ら変わりはないと批判する者もいる。
認定評価[編集]
詳細は「認定評価」を参照
認定評価は、教師が公開していない基準、教師の頭の中にある満足のいく成果というものにあわせて評価される。評価方法として例えば、試験や平常時の課題、授業態度等を勘案し、特定の評定値が当該科目履修者全体の平均となるよう割り当てる方法などが用いられる。相対評価の側面を残しつつ個々の得点を評価するため、必ずしも最低値が1になるとは限らない。茶道、華道、書道など芸事に関係するものや理解の深さを判定するようなものの場合は、一般にこれが評価の姿勢にあるが、基準が生徒には分からないため、往々にして教師不信を生み出したり、逆に教師に盲従するといったケースも見られ、人間形成のための評価方法として、これのみで評価することに多くの問題点が指摘されている。

僕が最近やった逆上がりの評価の基準がほとんどたまたまこwikiに書いてあるのとほとんど同じだった。学び手としての自分の視点で考えるとやはり絶対評価のほうが、僕は学びやすいです。