科学と西欧哲学に共通するのは、たぶん論理と直観。うっすらな記憶で、しかもフッサールの原著は読んだことないけど、たぶん現象学はカントの『純粋理性批判』のはじめにある、認識っていうのは感性+悟性なんだというところの延長にある。


これもあやしげな記憶によるのですが、デュルケムの『フランス教育思想史』によると西欧の中世の教育は論理学がメインだった。それのカウンターとして登場したのが、実証的な科学的教育。


すんごく跳ぶのですが、論理(言葉)にも直観にも欠陥があるのだけど、それを自覚しつつ、その積み重ねを手放さないことが大事だと最近思う。そうか、カントの言葉に戻った。「直観なき概念は不毛であり、概念なき直観は盲目である」イマヌエル・カント


直観(実証)による検証もなく、論理を装っているとはいえ、たんなる妄想がはびこっていることがある。地に足をつけて、考えて行く方法を学ぶことが公教育で大事だと思う。ここ最近の悲しい出来事を思い出して、そう思う。



歴史修正主義
狂信的な世界観
相対と検証がないまがいもの。