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人は生まれ落ちて家族という小さな社会の中で育って十数年を過ごします。
親の背中を見ながら、育っていきます。
小さいときは親が絶対の存在でした。
だんだん視野が広がって、世の中の仕組みがわかり、社会的な存在になります。
そうすると、親は絶対的な存在ではなくなります。恥ずかしい存在になったり、けむたい存在になったりしますね。反抗する人もいます。
更に視野が広がっていくと、そういうのも過ぎて、親は小さい存在になっていきます。
ところが、社会に出て、苦労し、もまれていくと、広がった視野とは別に、社会人として生きることの厳しさを知ります。そして、ふと、親の存在が偉大に感じられるときがあります。結婚し、子どもができ、自分が親になったとき、その思いは深い尊敬となり、感謝となります。
これが45年生きてきた私の実感です。
そんなところでしょうか。
尽生(私は人生をこの字で書くことにしています)は、味わいの深いものです。
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「ところが、社会に出て、苦労し、もまれていくと、広がった視野とは別に、社会人として生きることの厳しさを知ります。そして、ふと、親の存在が偉大に感じられるときがあります。」
ここに今自分がいると思います。両親は自分を苦労して育ててくれました。まずは一人前の社会人に成長して恩返しがしたいです。いろいろあるけれど腐れない。