禁酒8日目。
昨日もノンアルコールビールで問題解決。


昨日は結局ファウストの第一部を読んで、
カラマーゾフは第四部の途中までしか読めなかった。


コーリャ・クラソートキンのところは読んでいてドキドキした。
生半可な知識で話すところが自分と似ている。
対応するアリョーシャは冷静。
それまで非難するような感じで人に関わったことはなかったと思う。
コーリャはたんなる自尊心で人の命に関わっていた。
傲慢みたいなのに対して正直に恐れずに関わるアリョーシャ。
それでも友だちになれるのがすごい。かっこいい。教育者だとも思う。


アリョーシャは知らないものは知らない、わからないことはわからない、読んでいないことは読んでいないという。自分もそうだと思うけれど、コーリャみたいなところも少し、いやけっこうあるのかもしれない。大学の勉強は広く浅く終わった。本当の学問はここからなのかもしれない。政治についても生活についても、人生についても、宇宙についても、信仰について、教育についても。教育については学習が少しずつだけど続いている。仕事をするのは学問するのと根底では同じ。チャレンジしがいのある楽しめること。




何もない日が面接まで全部で3日。
気持ちを切り替えないといけない。
自分は甘い。すべてに甘いと思う。一生懸命ではない。
そこそこやってるだけ…。


第四部になって忘れていたのですがリーズってこんな子だったのかって思いました。
どうなってくのだったっけ…。リーズのその後は覚えていないし、また登場するのか。ただいま第11編 兄イワンです。


朝の勤行・唱題30分間。夜も同じようにやる。ガンガンの生命力。自律。


今日は面接表の下書きと単元指導計画を仕上げる。

朝自分の心に深く入ってきた話。


『この世で果たさん使命あり』池田大作 大白蓮華 2013 9月号 巻頭言

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 大いなる人生には大いなる悩みがある。大いなる悩みがあるからこそ、大いなる境涯が開かれるのだ。
 ロシアの魂の巨人トルストイが、行き詰った時に、心がけていたことがある。それは「自分は何のために生きているのかを思い出すこと」である。そうやって、常に自分自身の原点に立ち返ることで、苦悩を見下ろし、乗り越えてきたというのである。
 トルストイは、「人間は本来の使命に目覚めた時、あらゆる悩みを解決できる」と結論している。
 人は誰もが、それぞれに、かけがえのない使命を持って生まれ出でた。その使命を深く自覚できれば、それだけ心は深くなる。その使命に強く徹すれば、それだけ生命は強くなるのだ。
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アマゾンのギフト券を全部使ってないけれど、
3万円分くらい買ってしまった夏。
2,3万円分くらい本を買ってしまった。


ドトールカラマーゾフの兄弟 第四部 兄イワンのところを途中まで。


アリョーシャは一貫して本音で正直に話す。でも相手に対する思いやりの心を失ったことが一度もないと思う。それがすごい。しかし何よりも一貫して本音なのがすごい。自分に勝ってるからか、何だろう、嘘をつく必然性がないというのかな…。本音であること、正直であることを一貫できる勇気がある人であることは確かだと思う。



アリョーシャ、レミゼラブルのジャンバルジャンとならぶ忘れられない登場人物の一人。

http://www.amazon.co.jp/Candlers-Graphic-Organizers-Reading-Grades/dp/0982664494/ref=pd_ybh_5


アメリカのアマゾンならまだ買えるけれど日本に残っていた一冊の本を買いました。
送料いれて6950円高い。でもたぶん僕のカンだといい本だと思います。その前の本がいい本だったから。それにグラフィックオーガナイザーを観ればだいたいその授業で何をしたのかたぶんわかると思う。


アメリカのあまぞんの3倍。
クレジットカードもってないからたぶん僕はアメリカのアマゾンで買えない。

「はっきり言っておく。一粒の麦は、地に落ちて死ななければ一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」


これは聖書の言葉、たぶんカラマーゾフの兄弟の主題。冷静に考えるとイエスを思いだしながら自己犠牲的で恐ろしい言葉だと思う。

先にご飯を食べてきた。ちょっとカラマーゾフを読み進める。

イワンは今で言うと統合失調症かもしれない。
イワンが見てしまう悪魔(幻想)との対話。


ファウストメフィストフェレスみたいだと思った。


悪魔のセリフ
「君はやっぱり、ぼくらのいまの地球のことばかり考えているんですね! だって、もしかしたら、いまの地球自体、もう十億回も繰り返されているのかもしれなんですよ。そう、いったん寿命を終えて、凍りついて、ひび割れて、粉々に砕けて、構成元素に分解して、それからまた、大気にわけのわからない溶媒が満ちて、それからまたまた彗星が現れて、またまた太陽が現れて、またまた太陽から地球が生まれて――ひょっとしたらすでに無限回繰り返されてきたかもしれないんんです。なにもかも、寸分たがわず、まるきり同じかたちですよ。こいつはちょっとやりきれないぐらい、退屈きわまる話じゃないですか……」p379項



同じようなことを自分も考えるのだけど、高校の時に読んでいるから、ここがきっかけかも。


このセリフはイワンの不信仰を表しているみたい。
キリスト教では不信仰になるのかな。


このセリフは、
どちらかというと法華経の世界観に合致しているかもしれない。


このセリフの後には『ファウスト』の引用。


「自分が悪を望んでいるのにやっていることは善ばかり」

カラマーゾフの兄弟は兄イワンの章を読み終わる。いよいよ最後。
あっと驚く展開ではあるけれど、3回目でも驚く自分はいったい…。
構想がしっかりできていた続きの完成がなくなってしまったことが本当に残念。
あの後アリョーシャをどうなっていくのだろうか。あらすじだけでもしっかり残してほしかった…。