絶望であることを知らない絶望

時間
「時の流れのある一点からある一点まで。」
三省堂提供『大辞林 第二版』より

永遠
「始めもなく終わりもなく果てしなくながく続くこと。」
岩波書店広辞苑』第五版より

「その本性においては永遠なる神が、まさにその本性とは反対なものである時間のうちに顕れた」『哲学的断片への後書』キルケゴール

「その本性において時間的な人間が、この神の愛を信ずることによって、まさにその本性と反対なる永遠なるものとなり得る」『哲学的断片への後書』キルケゴール

キルケゴールによる絶望の定義
「自己じしんに関係し、自己じしんであろうとするさいに、自己が、自己を措定した力を見うしなって、自我の殻にしがみつこうとするのが絶望である。」『死にいたる病』キルケゴール

「自分が絶望であることを知らないでいる絶望。あるいは、自分が自己というものを、永遠な自己というものを、もっているということについての絶望的な無知」『死にいたる病』キルケゴール

「特定の人が絶望しているのではなくて、神を離れた人生の本質はすべて絶望である」キルケゴール


キルケゴールが「神を離れた人生の本質はすべて絶望である」という立場から、絶望の諸現象・諸段階を分析しているのは、絶望を克服した境地へと導くためです。

キルケゴールによれば、自己は精神であり、無限性と有限性の総合である。その課題はそれ自身になるということで、これは神への関係をとおしてのみ行われうる。

自己自身が有限であることも無限であることも、どちらを忘れても絶望であるとのことです。

「有限性の絶望は無限性を欠くことである」

これは僕も経験した絶望です。キルケゴールによれば、僕は絶望であることを知らなかった。永遠という言葉は知っていたけど、自己自身が永遠であるとは知りませんでした。


《参考》
キルケゴール清水書院
『世界の名著51』中央公論社