大道の歌
    −−ウォルト・ホイットマン

心も軽く徒歩でぼくは大道に出る、
健康で、自由で、世界がぼくの前にあり、
望みのとろこへ連れ出してくれる長い褐色の道がぼくの前にあり。
今からのちはぼくはもう幸運なんか求めまい、このぼく自身が幸福そのもの、
今からのちはぼくはもう二度と泣きごとなんか言うまい、二度と延期はすまい、愚痴も言うまい、
壁のなかでの繰りごとや書物談義、口うるさい批評などにはおさらばして、
力強く、満ち足りて、ぼくは大道をゆく。
地球があるんだ、それで充分、
星座になんか今以上近づいてきてほしくはない、
むろん星座は今いるところいればよく、
むろん星座も星座の国の住人には充分であるにきまっている。
(いまだにぼくは昔ながらの甘美な荷物を携えている、
ぼくの荷物は男たち御亜たちだ、どこへ行くにもぼくは彼らを携えていく、
この荷物ぼくにはとうてい放り出せない、ぜったい無理だ、
ぼくのなかには彼らがいっぱい詰まっているし、ぼくもお返しに彼らにぼくを詰めこんでやる)

君、ぼくが足を踏みいれてしきりに見まわっている道よ、君だけが全部ではないはずだ、
見えないものもここにはどっさりあるはずだ。
ここにあるのは選りごのみでもなく拒絶でもない、受容という深遠な教訓だ、
羊毛もどきの髪の黒人、凶悪犯、病人、文盲、誰ひとり拒まれる者はいない、
出産、医者を呼びにいくための疾走、乞食の重い足どり、酔っぱらいの千鳥足、高笑いする職工たちの一団、
逃げ出してきた若者、金持の馬車、町に運び込まれる家具、町からもどる空車(からぐるま)、
こうしたものが通っていく、ぼくも通る、どんなものでも通る、通せんぼできるものなど一つもない、
受け入れられぬものは一つもなく、ぼくがいとしく思わぬものも一つもない。

君、語るための息をぼくに届けてくれる空気よ、
君、拡散しようとするぼくの意図を呼びもどして形を与えてくれる物象よ、
君、均等に降りそそぐ滝すだれにぼくと万物を包み込む柔和な光よ、
君、踏みへらされて不規則な凹(くぼ)みを作った路傍の小道よ、
君らの内部にはきっと目に見えぬ存在が潜んでいるに相違ない、君らがぼくにはいとしくてならぬ。
君、町々の敷石を並べた歩道よ、歩道をふちどるがっしりした縁石(ふちいし)よ、
君、渡船場よ、波止場の厚板と杭よ、板材で裏打ちされた側面よ、遠くを航行す船よ、
君、幾列もの家並みよ、窓のある正面よ、君ら屋根たちよ、
君ら、玄関と入口よ、笠木(かさぎ)と鉄柵よ、
君、透明な殻ゆえに何もかも人目にさらしかねぬ窓よ、
君ら、ドアと登り段よ、アーチ状のくぐり門よ、
君、とめどなくつづく舗道の灰色の敷石よ、踏み固められた町の辻よ、
君らに触れたすべてのものから、きっと君らは分け前をもらったはずだ、そして今それをぼくにこっそり分けてくれる、
生きている者と死んだ者とを君らは誰彼かまわず君らの表情に平然と住まわせてきたが、彼らの霊もやがて顕われぼくの親しい友となる。

右に左に大地は広がる、
風景は正気を帯び、あらゆる部分が精いっぱいに光り輝き、
楽音は待ち望まれている場所に降りそそぎ、望まれぬ場所では鳴りをひそめる、
万人の道の晴れやかな声、陽気でみずみずしいその情感。
おお、ぼくが旅ゆく公道よ、君はぼくに頼むか「わたしを見捨てないで」と、
君は頼むのか「危ないことはどうかやめて−−もしもわたしを見捨てたらあなたはだめになってしまう」と、
君は頼むのか「わたしはすでにでき上がった道、充分に踏み固められ誰も拒んだりしない道、どうかわたしから離れないで」と。
おお、万人の道よ、ぼくは答えるぼくは君から離れることなどおそれはしないが、それでも君が大好きだ、
君はぼくよりもっと巧みにぼく自身を表現してくれる、
君はぼくにはぼくの詩よりもたいせつなものになるはずだ。
ぼくは思う英雄的な行為はすべて外気のなかで決意され、自由な詩もすべてそうだと、
ぼくは思うこのぼくだってここに立ちどまるなら奇跡を行なうことも夢ではないと、
ぼくは思うこの道の上で出会うものなら何であれぼくはきっと好きになり、ぼくに目をとめる者なら誰であれきっとぼくを好きになると、
ぼくは思うぼくと会う人は誰であれきっと幸福になるにちがいないと。

今このときからぼくはきっぱり宣言するぼくは空想上の境界線や限界からは自由になって、
行きたいところへ足を向け、ぼく自身をぼくの絶対無二の主人となし、
他人の言葉にも耳を傾け、彼らの言いぶんをじっくり考え、
立ちどまり、探しまわり、受けとり、考えこみ、
ぼくを縛ろうとする制約を、穏やかに、しかし断固たる意志の力で脱ぎ棄ててみせる。
ぼくは宇宙の広がりを胸いっぱいに何度も吸いこむ、
東と西はぼくのもの、北と南もぼくのものだ。
ぼくは思っていたよりも大きくて、優秀だ、
ぼくはこんなにどっさり長所があったとは知らなかった。
何もかもがぼくには美しく見える、
男たち女たちにぼくは何度だって言ってやれる、君らはぼくをこんなに幸福にしてくれた、ぼくも君らにに同じ幸福を返してあげる、
道すがらぼくはぼく自身と君らのために新しい仲間を加えていこう、
道すがら男たち女たちのあいだにぼく自身を撒きちらそう、
彼らのあいだに荒荒しい新たな喜びを投げこもう、
誰がぼくを拒んでもぼくが困ったりするものか、
ぼくを受けいれる者は、彼であれ彼女であれかならず祝福され、ぼくを祝福してくれる。

今たとい一千人の完璧な男たちが立ち現われてもぼくは驚かないだろう、
今たとい一千人の美しい姿の女たちが現れてもぼくはびっくりしないだろう。
最上等の人間を作る秘訣をようやくぼくは会得した、
つまり戸外で育ち大地とともに食べ眠ること。
ここにこそ個性に根ざした偉大な行為が実を結ぶ、
(つまり全人類のハートをぐいとつかむ行為だ、
それが力と意志を発揮すれば世間の法などひとたまりもなく、どんな権威や議論であれ逆らおうとしても役には立たぬ)
これこそ知恵の試金石、
知恵の真価は学校などでは試されず、
知恵は持てる人から持たぬ人へと手渡せるようなものではない、
何しろ知恵は魂に由来し、証明するなど無理な話で、知恵そのものが知恵の証(あかし)だ、
すべての段階、物象、特質に応じられるが、しかも充分満ち足りている、
つまりは物が実在し不滅であることの確証、物のみごとさの確証であり、
混沌の海に浮遊する物の姿は、魂のなかから知恵を呼び醒ます何らかの力を宿している。
こんどはぼくは哲学と宗教を吟味し直そう、
講義室でならうまく論証もできるだろうが、どっこいこんな広広とした雲の下、風景と流れる川のほとりでは論証なんてお門違(かどちが)いだ。
今ようやくにして会得される、
今ようやくにして人は合一を果たし−−おのれのなかに宿るものを今こそ悟る、
過去、未来、威厳、愛−−もしもこれらのものが君に欠けていれば、君がこれらのものに欠けているのだ。
糧となるのはあらゆる物象のただ核心ばかり、
君とぼくのために外皮を引きちぎってくれる者はどこだ、
君とぼくのために策謀を挫(くじ)き外壁を突き崩してくれる者はどこだ。
これは男同士の愛着、あらかじめでき上がっているものでなく、時機に応じて現われるもの、
通りすがりに見知らぬ人に愛されるのがどういうことか君は知っているか、
こちらを振り向くあの眼球の語る思いを君は知っているか。

これは魂の流露だ、
こんもりと緑葉(みどりば)におおわれた門をくぐって、魂は奥のほうから流れ出しつつ、ひっきりなしに疑問を呼び起こしていく、
わが胸のこの憧れ何ゆえにここに、闇に潜むこの思い何ゆえに今、
身近にあればぼくの血潮が陽光をうけてこんなにもたぎるとは、男たち女たちは何ゆえここに、
彼らがぼくから離れてゆけばぼくの歓喜の長旗は力なく垂れさがる、何ゆえにかくも、
葉陰を歩めば寛やかで調べ妙なる想念が必ずぼくに降りそそぐ、これらの木々は何ゆえここに、
(たぶんそれらの想念は冬でも枝に生(な)り、ぼくが通りかかるといつも実を落としてよこすのだ)、
ぼくがかくも思いがけなく見知らぬ人と取り交わすこの想いはいったい何、
御者の隣に席を占めても揺れられてゆきながら彼と取り交わすこれは何、
歩み寄って足をとめ浜辺で網引く漁師と取り交わすこれは何、
女や男の好意をこだわりなくぼくに受けいれされるもの、こだわりなくぼくの好意を彼らに受けいれさせるものはいったい何。

魂の流露がすなわち幸福、これぞまさに幸福というもの、
たぶん幸福は戸外の空気にくまなく漲(みなぎ)り、いつも機会を待っている、
今こそ時は熟して幸福はぼくらめざして流れ寄り、ぼくらはその流れにしっかりと満たされる。
今こそ愛着してやまぬ伸びやかな個性が育つ、
愛着する伸びやかな個性とは男や女の瑞瑞(みずみず)しくかぐわしい性(さが)、
(いくら朝の若葉がおのれ自身の根から日ごとに瑞瑞しくかぐわしく萌え出ても、よもやおのれ自身の内側からひっきりなしに萌え出るこの性(さが)の瑞瑞しさ、かぐわしさには及ぶまい)
愛着する伸びやかな個性めざして若者や老人の愛の汗がにじみ出ていく、
美も技能も色あせるほどの魅力がその個性から蒸留されて滴り落ちる、
その個性めざして接触を願う憧憬の痛みが身ぶるいしつつ高まっていく。

出かけよう、君、誰であれ、ぼくといっしょに旅に出よう、
ぼくといっしょに旅をすれば、いつまでも飽きのこぬものが見つかるはずだ。
大地はけっして飽きがこない、
大地は最初は粗野で、無口で、理解しがたく、「自然」も最初は粗野で理解しがたい、
挫けてはならぬ、怯んではならぬ、みごとなものが内側にしっかり包みこまれている、
誓ってもいい言葉では語れぬような美しくみごとなものがきっとある。
出かけよう、ぼくらはこんなところで立ちどまってはならぬ、
貯えられたこれらの品がたといどんなに快く、今の住居(すまい)がたといどんなに便利だろうと、ここにとどまってはいられない、
この港がどんなに安全で、このあたりの波がどんなに静かだろうと、ぼくらはここに錨(いかり)をおろしてはならぬ、
ぼくらのまわりの人の好意がどんなにありがたく身にしみても、ぼくらがそれを受けてもいいのはほんのわずかなあいだだけだ。
10
出かけよう、旅への誘いを強めねばならぬ、
ぼくらは航路も知らぬ荒海をゆくだろう、
風吹くところ、波散るところ、ヤンキーごのみの快速帆船(クリッパー)が帆いっぱいに風をはらんで走るあたりへ赴くだろう。
出かけよう、力づよく、伸びのびと、大地とともに、自然の活力とともに、
すこやかに、昂然と、快活に、誇り高く、好奇の心を忘れずに、
出かけよう、ありとあらゆる形式から、
君らが守る儀式から、おお、物の形にとらわれた明きめくらの聖職者よ。
腐燗(ふらん)死体が道をふさぐ−−もう埋葬には猶予ならぬ。
出かけよう、だがあらかじめ言っておく、
ぼくの道づれになる者には最上等の血液と、筋肉と、耐える力が欠かせない、
彼であれ彼女であれ勇気と健康がそなわるまでは誰もこの試練には臨めない、
まんいち君が君の最上の部分をすでに使い果たしていたらここへはくるな、
くることが許されるは決意した瑞瑞しいからだでくる者だけだ、
病人、酒飲み、梅毒患者も、ここでは仲間はずれだ。
(ぼくとぼくの仲間は議論や比喩や押韻なんかでは説得しない、
ぼくらはぼくら自身の存在で説き伏せる)
11
いいか、ぼくは君には正直に言う、
ぼくが与える賞品は口当たりのいい昔ながらのやつではなくて、荒削りの新しいやつさ、
つまり君の未来とならねばならぬ日々のことさ、
君は世間が富と呼ぶものをただ徒(いたず)らに積み上げてはならぬ、
稼いだもの成しとげたものを気前よくすべてばらまいてやらねばならぬ、
めざす町に辿りついても心ゆくまでくつろぐ暇なく、逆らいがたい声に促されて旅立たねばならぬ、
あとにとどまる者たちの皮肉な微笑と嘲りの先例も受けねばならぬ、
どんな愛の手招きを受けてもただ熱烈な別離の接吻だけで答えねばならぬ、
君のほうへ手を差しのべ広げてみせる者たちにもゆめ抱擁を許してはならぬ。
12
出かけよう、偉大な「仲間」たちのあとを追い、彼らのひとりとなるために、
彼らもこの道を歩んでいる−−足の早い堂堂たる男たち−−選りすぐった偉大な女たちだ、
穏やかな海、嵐の海を楽しむ者たち、
あまたの船の船乗りたち、あまたの距離の踏破者たちだ、
遠いあまたの国ぐにを足繁く訪れた者、僻遠(へきえん)の住処(すみか)に離れがたい想いを寄せた者たち、
男や女を信じる者、都市の姿に目を凝らし、みずからは孤独な苦役に耐える者、
茂みを、花を、浜辺の貝を、立ちどまってつくずくと眺めやる者たちだ、
婚礼の舞踏会で踊りに加わり、花嫁に接吻し、子供らを優しく世話し、みずから子供を産む者たち、
反乱軍の兵士たち、人待ち顔の墓穴のそばにたたずみ、棺を穴におろす者たち、
めぐる季節、過ぎゆく歳月のあいだ、先行する年から一つ一つ立ち現れる不可思議な歳月のあいだも歩みをとめぬ旅人たちだ、
さながら仲間を伴うように、おのれ自身の多様な位相を伴いながら旅ゆく者たち、
現実とならずに潜んでいた幼い日々からようやく外へ踏み出す者たち、
おのれ自身の青春を友に晴れやかに旅ゆく者、髭を蓄え角もとれたおのれの壮年が道づれの旅人たち、
豊かで、満ち足りて、比類ない、おのれの女ざかりを友に旅ゆく女たち、
男であれ女であれおのれ自身の荘厳な老年が道づれの旅人たちだ、
宇宙の高貴な広がりかと見まがうほどに広やかで静まりかえった老年、
近づいてきた死の快い自在さかと見まがうほどに自在で闊達な老年が道づれの彼らだ。
13
出かけよう、かつて始まりがなかったように今は終わりのないそのものに向かって、
日々の放浪、夜ごとの休息をたっぷり味わうために、
彼らがめざす旅のなかに、彼らがめざす昼と夜のなかに、いっさいを溶かしこむために、
そればかりか彼ら自身をさらに高遠な旅立ちのなかに溶かしこむために、
どちらを向いても見えるのはすべて辿りつき離れていけるものだかりとなるために、
たといどんなにかなたでも心に浮かぶ時間はすべて辿りつき離れていけるものばかりとなるために、
前を眺めうしろを見ても君のために延び君を待っている道ばかり、どんなに長く延びていても君を待つ君のための道ばかりとなるために、
神であれ誰であれ、見えるかぎりの存在は君もそこまで行けるものばかりとなるために、
見えるかぎりの所有物が君も所有できるものばかりとなり、労働もせず購入もせずにすべてを享受し、一片たりともわが口には入れないで饗宴の粋(すい)を味わうために、
農民の農場、金持の優雅な別荘、幸福な結婚をした夫婦の清らかな至福、果樹園の果実や花園の花の精髄を味わうために、
通りすがりに万物ひしめく都会のなかから役立つものを取り出すために、
取り出したあとは建物であれ、街並みであれどこへ行くにも携えて行くために、
めぐり逢う人ごとに彼らの脳髄から理由を採取し、心臓からは愛の想いを収穫するために、
愛する者たちを背後に残していきながら、しかも彼らをこの道にいっしょに連れ出してやるために、
宇宙そのものが一つの道、多くの道、旅ゆく魂たちのための道だと知るために。
魂たちの行進に万物がさっと分かれて道をあける、
すべての宗教、堅固を誇るすべてのもの、芸術、政府−−この地球の上に、あるいはどんな地球の上であろうと、かつて現れいま現れているすべてのものが、宇宙の大道をゆく魂たちの行進を前にして、隅(すみ)に隠れ窪地に潜む。
宇宙の大道をゆく男や女の魂の行進の、他の行進はすべて必要な象徴と養分。
永遠に生気漲り、永遠に前をめざして、
堂堂と、厳かに、悲しげに、ひそやかに、困惑し、狂おしく、荒れ狂い、力萎え、満ち足りず、
絶望し、誇り高く、愛に溺れ、思いわずらい、人びとに受けいれてもらい、人びとに拒まれ、
彼らは進む、彼らは進む、進んでいるのは分かっているが、行先がどこかはぼくも知らない、
だがともかく彼らが至上のものを−−偉大な何かをめざしているのは分かっている。
君、誰であれ、さあ出ておいで、男も女もみんな出ておいで、
そんな屋内でいつまでも居眠りしたり、ぐずぐずしていちゃだめだ、たとい君の建てた家でも、君のために建てられた家でもだ。
暗いところに閉じこもっていちゃだめだ、衝立(ついたて)の陰から出ておいで、
逆らおうってむださ、ぼくは全部知っていて、そいつを晒し者にしてしまう。
見たまえ世間と変わらぬ悪人の君の奥に、
笑い、踊り、正餐(せいさん)を摂り、夕餉の席につく人びとの奥に、
衣服や装飾品の内側に、洗い上げ手入れされる顔の内側に、
見たまえ、もの言わぬひそやかな憎悪と絶望を。
夫にも、妻にも、友人にも、まさかこの告白だけは打ち明けられず、
もう一つの自分、あらゆる人のそれぞれの陰が、こそこそと人目を忍んで歩きまわる、
都会のちまたを行くときは形も構わず無言のまま、客間にあれば礼儀正しく柔和そのもの、
汽車に乗り、蒸気船に乗り、公けの集会にも顔を出し、
男や女の暮らす家に帰りついては、食卓につき、寝室にしりぞき、いたるところに居合わせて、
衣装は粋、顔には微笑、背筋を伸ばし、肋(あばら)の下には死を宿し、頭蓋の下には地獄を秘めつつ、
黒ラシャ服と手袋に隠れ、リボンと造花におおわれて、
世間の習慣にも背くことなく、しかしおのれ自身のことはひとことこ語らず、
ほかのことなら何でも語るが、おのれ自身のことは黙したまま。
14
出かけよう、さまざまな苦闘をくぐりぬけつつ、
いったん名ざした目的地だ、今さら取り消せるわけがない。
過去の苦闘は実を結んだか、
いったい何が実を結ぶんだ、君自身か、君の国民か、それとも「自然」か、
いいか、ぼくの言いぶんをよく分かってくれ−−どんな成功の結実からもさらに大きな苦闘が必要になるような何かがきっと生じてくる、これが物事の本質にそなわる摂理だ。
ぼくの呼びかけは闘争への呼びかけだ、ぼくは活発な反乱を養い育てる、
ぼくといっしょに旅立つ者はゆめ武器を怠ってはならぬ、
ぼくといっしょに旅立つ者はしばしば乏しい食事と貧しさと、怒れる敵と裏切りが道づれだ。
15
出かけよう、道はぼくらの前にある、
安全な道だ−−ぼくがもう試してみた−−ぼくのこの足がたっぷりと試してみた−−後ろ髪など引かれてはならぬ、
紙は白紙のままで机の上、本は開かず棚の上に、
道具は作業場に残しておけ、かねもいっさい稼がずにおけ、
学校には見向きもするな、教師がわめいても耳をかすな
牧師には説教壇で説教を、弁護士には法廷で弁護を、裁判官には法の解釈を、構わずさせておけばいい。
愛する友よ。さあ手をかそう、
ぼくは君にかねでは買えぬぼくの貴重な愛を与えよう、
説教や法律なんかよりまずぼく自身を与えよう、
君もぼくに君自身をくれるかい、ぼくといっしょに旅にでるかい、
いのちのあるかぎりぼくらはぴったり離れずにいよう。
    −−ホイットマン(酒本雅之訳)「大道の歌」、『草の葉(上)』(岩波文庫、1998年)。