安保法案

また、事態の認定等において、政府が恣意的な判断・運用ができないような歯止めも存在します。存立危機事態の「明白な危険」の判断基準としては、攻撃国の意思・能力、事態の発生場所、事態の規模・態様・推移、日本に戦禍が及ぶ蓋然性、国民がこうむる犠牲の深刻性と重大性、の5要素が国会質疑で明示され、政府はこれらを総合的に考慮して判断を示さなければなりません。存立危機事態とは、横畠法制局長官の答弁にあるように、「日本が直接武力攻撃を受けた時と同様な深刻かつ重大な被害が及ぶことが明らかな場合」に認定されることになります。

遠山清彦
http://toyamakiyohiko.com/know/blog/2015/07/6173.html

この議員のブログを精読しよう。
「日本が直接武力攻撃を受けた時と同様な深刻かつ重大な被害が及ぶことが明らかな場合」


「同様」?


つまり「日本に戦渦が及ぶ蓋然性」という前の言葉からも、日本が直接武力攻撃を受けない時を想定しているということ。そうだとすると、内閣官房が示している「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」がある新三要件と違う。この説明の食い違いは何なの?



北側さんの発言や、もっと遠山さんに限らず全体を総合して文脈(関係)で考えていくとより真相が分かってくる。


憲法解釈を変えていない

日本は、国連加盟国として、国際法で認められた集団的自衛権は、権利としては持っています。しかし、この他国防衛を目的とする集団的自衛権の行使は、「自国防衛のための武力行使のみを例外として、それ以外は認めない」という、日本の憲法解釈で否定されてきました。この点は、今回の法制でも全く変えていません。自衛隊武力行使を行えるのは、自衛の措置としてだけです。

遠山清彦


他のテキストとの関係から、
この発言の意味がより分かってきた。ここの「自国防衛」というのは、日本が直接攻撃を受けない時も想定しているということか。「自国防衛」の意味するところ、これまで考えられてきたところが変わっているのに、これでまったく変えていないとは言えないでしょう。歴代の政府は、日本が直接攻撃を受けないときの自衛権の行使、つまり集団的自衛権は明確に違憲だと説明してきている。


1972年10月14日の政府(田中角栄内閣)の解釈
集団的自衛権とは「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止すること」と定義している。
「わが憲法の下で、武力行使を行うことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容ととする集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない」


1986年3月5日
個別的自衛権に関する従来の政府解釈を確認しつつ、
「この措置(個別的自衛権の行使)は、このような事態を排除するためにとられるべき必要最低限の範囲にとどまるべきである、そういう筋道を申し述べたわけでございます。したがって、その論理的な帰結といたしまして、他国に加えられた武力攻撃を実力をもって阻止するということを内容とする集団的自衛権の行使は、憲法上許されないと従来から明確に述べているわけでございます。」茂串俊内閣法制局長官
集団的自衛権とは何か』豊下楢彦