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ナポレオン
「『これは無理です』なんて言うな」
「辞書に『不可能』が何と出ているか?」
「『馬鹿者』と出ているのだ」
「できない」としたら、やる前に、自分が「できない」と思ったからだ。
心で負けたのだ。臆病な人間にとっては、何でも「不可能」になるのだぞ。
自分を信じるのだ。
環境が悪いだと?
環境が何だというのだ!
自分が環境を作るのだ!
(先生のスピーチ)
ナポレオンは、何をするにも「断じて、やってみせる」と一念を定めた。戦うからには、「勝利にあらずんば死」だ。勝つかもしれないし、無理かもしれない、(文字が切れて見えない、たぶん《あ》)あやってみよう、などという中途半端は、彼には絶無だった。
目標を定めたら、次に彼は完璧な準備をした。
戦闘になると、彼ほど大胆な人間はいなかったが、戦う前の彼ほど「細心」で「小心」な人間はいなかった。
彼は、兵士の特徴や戦場の全情報を頭に入れた。必要な弾丸の数から靴下の数まで決めた。飲み物や医薬品の準備、パンの値段の変動、目的地までの経路・地形・所要時間・町の人口まで把握していた。
「天才とは勉強ということだ」
考え抜く彼は、「偶然」までも計算に入れた。
偶発的に、こんなことが起きたらどうるか。万が一、退却する場合は、どこを拠点にするか。
彼は「確実な事実」だけを使って思索した。「たぶん、こうだろう」とか「あれは、なんとかなるだろう」「だれかがやるだろう」などという幻想は一切、捨ててなかった。
こうして四六時中、考えて考え抜いていた。だから、何が起こっても、彼はあわてなかった。
要するに、彼は、戦う前に勝っていたのだ。
まず自分の「一念」の中で勝ち、さらに彼の「頭脳」の中で勝っていたのだ。
そして、ひとたび動くや、疾風のごとく最前線に立った。彼は馬上で食事し、馬上で眠ることもできた。兵士と一緒にジャガイモを食べた。
指導者が「王様」では勝てないのだよ
第一に兵士でなければならない。
第二に兵士でなければならない。
第三に兵士でなければいけない。
(先生のスピーチ)
同じ耐えるにしても、小さな魂は、不幸の重荷に慣れて、おとなしく固まってしまう。大きな魂だけが、不幸の巌を足場として、そびえ立つ。
ナポレオンは、つねづね「午前二時の勇気」を語った。「夜明け」から遠い遠い真夜中、闇と孤独の中で、「夜明け」が来るのかどうかも疑わしくなる寒さの中で、それでも「なにくそ!」という勇気を奮い起こせる人は少ないのだ。
人生、同じ生きるならば、最後に「ああ、我が一生は面白かった! 何もかも、できることは皆、やりきったな!」。そう言えれば、なんと幸せだろう。
ナポレオンは言い残した。
「それにしても、私の生涯は、なんと言うロマンであろう」
ナポレオンは地位を失った。名声を失った。家族さえも失った。苦労して得たすべてを失ったともいえる。しかし、それが何だろう。もともと、ゼロから出発したのではなかったか!
ナポレオンの人生には「失敗」はあったが、「停滞」はなかった
「矛盾」はあったが、時代の矛盾を鏡のように映し出したものだった。
多くの「欠点」はあったが、きらめく魅力と分かちがたく一体であった。
彼は立ち止まらなかった。
栄光の時も没落の時も、勝利のときも敗北のときも、いつも「なにくそ!」と前進した。
「前進!」ゆえに、人生がロマンとなったのだ。
ロマンゆえに、人の心に永遠と生き続けるのだ。
「前進!」――この一言に光がある。翼がある。青春がある。建設がある。民衆の勝鬨(かちどき)がある。闇を切り裂く剣がある。
「前進!」――この一言に、英雄の魂魄が、こだましている。
そして「民主主義」とは、英雄がいなくなり、万人が平等に凡人になることではない。
反対だ。
万人が、すべての男女が、英雄の気迫で立ち上がってこそ、「民主主義」魂が吹き込まれるのである。
ナポレオンの軌跡は、今、戦う民衆に呼びかける。
「道」は開ける! 勇気を出せ!
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部屋の掃除をしていたら、
大学時代に波ちゃんがくれた先生の指導が出てきた。