福沢諭吉① 向学の芽をどう伸ばすか

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 一.慶應義塾大学を創立したのは、福沢諭吉である。彼は青年時代を、この大阪の地で過ごし、緒方洪庵適塾に学んでいる。
 皆さんも、福沢諭吉が書いた『学問のすすめ』という本を、ご存じだと思う。
 ”皆に学問をすすめるくらいの人だから、子供のころからきっと勉強が好きで、優等生だったんだろう”と思う人がいるかもしれない。
 自伝(『福翁自伝』)によれば、むしろ彼はもともと本を読むのが嫌いだった。十四、五歳(数え年)まで、ほとんど勉強らしい勉強をしたことがなかったようだ。
 しかし、近所の友達が、みんな本を読んでいるのに、自分が一人が読んでいない。だから話の内容も皆とは違う。そのことが、だんだん恥ずかしくなってきた。
 そこで、自分も、皆と話ができるように、本当に勉強しよう、本を読もう、と心を決めた。
 けれども、もう十四、五歳。当時でいえば大人の仲間入りをするような年齢である。「この年になって初めて学ぶのだから。大変、きまりが悪かった」と、諭吉は当時を振り返っている。
 しかし、彼は勉強を始めた。
 本を読むのにも、周りはどんどん難しい本を読んでいる。その中で、自分ひとり、第一歩からの出発であった。
 けれども、基本に徹し、歴史書をはじめ、さまざまな本を読んだ。難しい歴史の本『春秋左氏伝』などは、十一回も読み返したと語っている。
 こうして勉学に励んだ結果、友達と論議しても、次第に自分の言うことのほうが、勝っているなと思えるようになってきた。
 そうなってくると、グングンと才能の芽が伸びていった。一つのことがわかれば、他のさまざまなことも理解できるようになっていくものである。
 彼はやがて、みんなに追い付き、だれにも負けないほどの力をつけていった。
 若き生命は、ちょっとしたきっかけで、いくらでも伸びていく。自分で、”自分はこんなものだ”と決めつけてしまうことはない。
 ともかく「学ぼう」という心を粘り強く持ち続けた人が、最後に勝つのである。だから一喜一憂せず、悲観的に考えないで、楽観的に、強く、たくましく勉強に挑戦してほしい。
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ゴッホが27歳くらい絵をはじめたということに励まされたけど、もうすぐ30歳か…。なかなかエンジンがかからない子もこれに励まされて勉学に努めるようになれば嬉しいです。