シャープ

Tさん

早川徳次さんの話】
早川徳次さんは、早川工業、シャープの創業者です。
松下幸之助が、戦時中は軍部と結託し、戦争が終わるとアメリカ軍とむすびつき、また高度経済成長では、消費者と「むすびついた」、ある意味、悪い意味で、時流をみるに敏であったのと対照的に、シャープの創業者早川徳次は、人として節操がある人でした。
彼は、小学校も出ていません。2歳の時に養子に出され、養子先で生きるか死ぬかの虐待の毎日でした。
それを救ってくれたのは、近所に住んでいた目が不自由な年配の女性でした。
彼女は、身を挺して徳次少年を家から引き離し、錺(かざり)職人さんの弟子にしてくれたのです。
彼の名言
「人の幸せは、自分の努力だけでかちとれない。世間の人たちからの借り物である。人によっては、返さないでいる人もいるが、私は返したい」
彼は、なんと、松下幸之助が軍部と結んで、木製飛行機などの軍事物資で大もうけしているときに、目の不自由な人のために、目の不自由な人のための、工場を作ります。
これが、やがて、早川特選金属工業となります。今は、シャープ特選金属工業となり、障がい者が(社員の半数が障がい者です。しかもそのほとんどが重度)多く働く、IT部品の専門製作企業となっています。