40歳になった。

よく無事にここまで生きてきた。

 

起きた時に、

どんな立場になったとしても、

もう少し丁寧に誠実に仕事できる自分になりたいと思った。

いやもう少しとは言わずw

 

ここから60歳までは、学んだことをもっと生かして仕事ができるはずなんだ、自分。そう信じている。

 

20代で塾で働いてから、小学校の先生になって、プロジェクトアドベンチャーから学んだのは、柔軟な考え方だったかもしれない。そもそも柔軟な考え方の人だったと思うけれど、さらに磨きをかけることができた。体験や経験をデザインするという発想もアドベンチャー教育とデューイからきている。

 

30代で好き放題に書いて電子書籍を出した。これは良かったと思う。出版社との関係も気にせず書きたいことを書きたいように書けた。何よりもその時の自分の熱を逃さなかったことが大きい。僕のことではないけれどRWの実践で色々あったみたいで出版を目指していたことが頓挫してしまったということがあった。それらの優れた実践が世に出なかったのは今でも残念に思っています。そういう共同の執筆者、さらに出版社との関係を無視して、誰に求められることもなく、自分が語りたいように書いた。それが良かったと思っています(これを仏教では随自意という。相手に合わせて教えを説くことを隋他意という。僕が書いてきたものは一度の雑誌の依頼以外は隋自意でした)。一度だけ知人の方が出版社に繋いでくれるという機会がありました。ある雑誌の特集だったのですが、それを一回だけもお受けしたのはいい経験でした。編集者の方と書くのもいいなと思えたのでした。これから書き続けていくものは、すでに大きな容量になっていてデジタルで書き続けるのが適切だと思っています。

 

19歳の時にもう一度、人生を生まれ変わったつもり生きなおそうと決意した。それから20年間の生き方に後悔がないわけではないけど、繰り返しになってしまうけどよく無事に生き延びたな。

 

20代前半大学生だった。大学時代は信仰と学問に真剣に向き合う4年間だった。素晴らしい大学でした。そこで挫折もあったけど、素敵な先生たち、学生に囲まれてとても幸せでした。高校生の時に、遅れを取り返すように、乾いた砂に水が吸い込まれていくように本を読んて、大学でもまた遅れを取り返すように乱読して学んだ。そういえば、最近、奨学金の返済が終わった。僕は大学生の時はアルバイトをしなかった。とにかく徹して学びたかったからです。そういう大学生活がほぼできたと思います。僕は、学ぶ時間を借金して手に入れたのでした。