今週はdaily5というリーディング・ワークショップを実践しているアメリカの小学校から転入生が来ました。このリンクの本を読んでいたこともあり話がとても通じた。英語も日本語も読める子。日本語ばかりの人よりも日本語が上手かも。算数の課題の説明が上手くてびっくりしました。小学校の二年生なのに理路整然としていた。本当に突き抜けて読んでいる子は根本的に学力が全然違う。ここが肝。数学は証明だから。概念の理解がないとまったく次に進めない。概念の理解が先。説明はあと。説明はテストです。説明は概念の理解のテストの手段で目的ではありません。説明はテストだから当然全員にやらせるのだけど、その前に「学び合い」とか丁寧な「インストラクション」とか何があるかですね。


「学び合い」もいろいろあるけれど、西川純先生などの「合法的たち歩き」の「学び合い」が多くのほとんどの場面で合理的だと僕は思うなあ…。


「問題解決」とかいう方法にこだわりすぎているのかもしれないということを考えています。とても限られていると思うな…、授業としてこの方法が合理的な場面は。少なくとも万能ではない。


2項対立的なのは全部怪しい。このことのほうが確実ではっきりしています。
普遍的なことです。でもいいバランスはある(ここが研究するポイントだと思う。「経済を原理とせよ。」「価値を目標とせよ」です。それに「経験より出発せよ」。大理論、理論の理論。牧口先生、この人のことを考えると涙が出てきそうになる。)。しかしそれも本当に状況次第。


これも面白くて、今の学校は子ども実態からという話はあまりないです。
でも理想に対して凄く情熱を感じました。実態はどうあれ具体的な理想像を持つことの重要性にはとても共感します。


子どもの実体よりゴールが先かも。ゴールがあってそこまでのスモールステップがあって、子どもの実態があって、手立てがあるかも





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