Tさん

【底辺にこそ、すぐれた教育と優れた人たちが】
「このような地域の子どもたちは、早くから独立しなくてはいけません。だから私たちの仕事は、自分の足で立ち、自分の頭でものを考えることができる、インディペンデントな子どもの知的・精神的土台を作ること」
 と語っていた彼女(託児所の代表)は、ホームレスや依存症、DVなどさまざまな問題を抱えた親たちの子どもをただ「預かる」だけの託児所は作らなかった。
そこで行われていたのはあくまでも「教育」だった。彼女に学びながら保育士の資格を取ったわたしは、ミドルクラス御用達の民間の保育園に就職したときそこはどちらかといえば子どもを「預かる」場であり、「教育する」場としてはかなり劣っていたことに驚いた。
かつてわたしが「底辺託児所」と呼んでいたアニーの託児所は、実は底辺どころか大変にハイレベルな幼児教育施設だったのである。
 これは英国という国の底力である。ここには底辺を底辺として放置させてはいけないと立ち上がる人が必ずいる。地べたで何かをしようとする優れた人々が出てくるのだ。
資本主義社会にあっては、優れた能力や経験を持つ人は、それを活かして相応の報酬を受け取れる方向に進むのが通常ではないか。しかしこの国にはそれに逆行するかのような人々がいて、底辺付近のコミュニティに行くと、「なんでこんな人がこんなところに」という人々が働いている。
ーーブレイディ・みかこ『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房