カントの道徳法則は、疑ってみはみるものの、否定しようがない(これ、本当に大丈夫かなって、たまに疑ってみる)。だから、法則だと彼は主張した。その法則は多くの社会の基礎となっていると思います。道徳法則は、さまざまな実践道徳の源泉ともなっている。
カントと離れてるけど、因果関係を特定する方法が、現実と反事実という現実ではないこととの比較が必要になってくることにも通じるのだろうか。すごく面白いなと思う。カントの道徳法則は経験的には出てこないから。普通の実践道徳はある社会や地域で経験されることを一般化することで言語化できるのだけど、その道徳はその地域だけのもかもしれないし、他の地域では違うかもしれない、その道徳には普遍性がない。それが生み出される源泉、法則は経験を一般化するという方法からは出てこない。数学の幾何学や宗教のように演繹的に考えるしかない。