教材論

創価教育学大系Ⅳ』の教材論に戻る。やはり論じられていることがすごく明瞭で分かり易い。教材選択の基準の源泉(原理となるもの)は価値論(価値とは何か)にある。そこから考えて、教科の教材論となったら、教科の目的・目標に価値ある教材がよりよい教材ということになる。
教科の目標から教科書教材の善し悪しや、また他にもっと適した教材がないかとか、ふつうに考えます。
説明文の教材論、ある程度は、予想がつく。
説明文の読みの教材は書くことに連結させるように考えたほうがいい。
指導案にも教材について論じるところがあるか。あれも単元目標と子どもたちの実態から、書いてあるし、書くもの。そのための教材。授業論の中の教材。
当たり前のことか。でも教科書教材は、絶対的なものではないことが分かる。もちろんそのように位置づけられている。
認知や教科の特性などのほうが問題か。その問題について理解が深まれば、自ずと教材についても分かってくるはず。さらに問題は本質論ではなくて、具体的な教材や学習材を見出す事。


アトウェルの学校の先生の授業が好き。ローベルの「ズボンつり」やケビン・ヘンクスの「とってもいい日」を使ったその授業が好き。教材の価値論。教材にも美的価値がある。美的だけではどうしようもないけれど、「ズボンつり」と「とってもいい日」は美的に価値がある教材(学習材)だと思う。それに美的価値だけではなくて、教科の目標から考えても、目標に利するとても優れた教材でもある。
教科の目標に美はあまり関係ないかと思ったけれど、そうでもないかもしれない。美的に優れた作品は子どもたちの意欲を引き出してくれると思う。
教材の美的価値も大事だと思う。
教材論。優れた教材を発掘できればと思う。
教材論には、選択と配列という大きな二つの問題がある。


クラスの子の作品も教材(学習材)になる。
作文の会の先生はクラスの子の作品を読み合う。